2009 三部亜季 個展
三部亜季 個展
〜窓見れば、茜空〜

僕らを乗せて帰る電車は、まるで終わりなき明日のようだ

会場住所
〒110-0002 東京都台東区上野桜木2-19-1
TEL.03-3821-4463
FAX.03-3828-5028
〜窓見れば、茜空〜

僕らを乗せて帰る電車は、まるで終わりなき明日のようだ

会場住所
〒110-0002 東京都台東区上野桜木2-19-1
TEL.03-3821-4463
FAX.03-3828-5028
テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術
常、日頃

常、日頃
統合失調症になり同時に絵を描くことができなくなり
それでも状態が少し上向き加減になった時の作品です。
描こうと思っても一体何を描けばいいのか判らず、
日々じっとベットの上でただじっと横になっていて楽しくもなく
毎日ぼんやりと過ごしていました。
捻り出したような作品でしたがこれを制作したのは卒業制作だったからでした。
この作品以外に3作品同時に制作しました。
御陰様で無事卒業して今日の私が存在しているので
良かったのですが本当に絵を描く事の難しさを改めて感じました。
今となって後悔はしていませんが熱りの冷めた今に
あの頃の事を思い出すと当時の袋小路に入っていったその深さ、
複雑さは大きな悩みの一つだったと思います。
どんなに考えてもあがいてもどうする事も出来なかったら
描きたいと思うままでは描かない、
魔女の宅急便の中の話のように描かなくても
絵を描く魅力に取り付かれたなら
描かない時間も描いているのと同じ事だと思いました。
うたたねの音

うたたねの音
自己の世界は何とも居心地が良いものです。
全てを今一瞬忘れる事ができたから。
現実に生きている割に行き交う世界があって
閃きは自己の世界の方が多くその自己の世界で
現実を拒む一方頼りにしているという切り離せない両立の間に
芸術は位置しているのでしょう。
『現実は余り辛いからせめて絵の中だけでも華やかでありたい』
と昔の画家が言う通り私たちも実際働かなくては画材も買えないのが本音です。
ですがお天気がよい昼下がりぽかぽかとした部屋で
小一時間のうたた寝ぐらいは許して頂きたいだけです。
多分現実世界の逃避であって覚めてしまう儚さ故気持ちよく淡いものなのです。
どんな人にも辛さ、痛み、疲れがあっても時間は平等に24時間あります。
その中の僅かな時間でも息抜き、
嫌な事から解放される自己の世界が密接しているから
現実に戻っても逞しく強く生活をして行く事が出来るのです。
Where is there love?

Where is there love?
何かを補うために人は人との繋がりを求め合うというのは本当でしょうか?
その補うものは双方とも欠けている事を補うだけではないようです。
長所同士が善くなるだけでもないだろうし
最悪互いが奈落の底に落ちてゆく事も多分にあるでしょう。
しかしどれを取ってもそこに好意があれば人は救われるものおようです。
だからといって補う為の隙間が合致する人とでなければなりません。
少しでも隙間が合わなければ一瞬は凌げても
双方の関係がそう長くは続かない上に、
また隙間の合致の為に出会い、自己紹介から始めなくてはなりません。
例えその隙間がぴったりでも
何かの拍子で隙間が出来てしまうかもしれません。
誰かが折角来てくれても私はその好意を無駄にしてしまいます。
隙間は他の誰かをまるで拒むように人を近づけません。
でも大丈夫です。
それは自分を傷つけないように守るため。
一見難しそうにみえても実はとても簡単で単純な『駆け引き』なのです。
Do I let’s kill you?

Do I let’s kill you?
この作品にはもともと[アポトーシス]というタイトルの下絵がありました。
その名の通り細胞自滅し循環するこの世の春をイメージしました。
[アポトーシス]が完成して暫く経ってから
この絵があまりにも嘘くさいこの世の春だと感じ、
加筆し、削り、『Do I let’s kill you?』となりました。
鮮やかで、まやかしは[アポトーシス]のようではないのです。
もっと愚かで、無秩序で、
憎愛の絡んだ混沌としているものなのではないでしょうか。
少なくとも私の中のこの世の春は華やかで残酷な独りよがりの世界です。
美しさはそう長くは続きません。曖昧な時の方が長いのです。
老い枯れるのが美しさでではないのでしょうか。
この作品を制作した頃のことを思い返してる今も
『美しさとは何か?』という漠然的で答えのない事を考え始めた自分が、
変わりなく絵を描く私を笑わないように制作し続けたいと思うばかりです。
